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2015年3月18日 (水)

祖母との思い出

前回の記事で、志麻が触らせてくれるようになったと書きましたが、

その日の夜、祖母が亡くなりました。

身内で唯一、「猫は可愛いね」と、一緒に盛り上がれる人でした。

私は幼い頃、よく祖母の家に泊まっていたのですが、ある日、縁側に小さな子猫が。

祖母に話したら、すくに段ボール箱にタオルを敷いて子猫を入れてやり、ミルクをあげたりしたのでした。


そのコはそのまま祖母の子になり、ミーコと呼ばれました。私とは姉妹のように遊びました。

私も成長し、祖母の家には泊まらなくなりましたが、たまに遊びに行くとミーコが駆け寄ってきて膝にのり、嬉しそうにのどを鳴らしていました。


祖母が「猫まんま」しかあげてなかったせいか、祖母が営む酒店にミーコはよく侵入し、おつまみソーセージを咥えて一目散に走って逃げていきました(笑)祖母は「コラーッ」と言っていましたが、ミーコのためにお店のドアはいつもほんの少し開けていました。


ミーコは時々、野ネズミをプレゼントしてくれて、みんなをギョギョッとさせてくれました。祖母だけが、えらいねー と褒めていました。


祖母の家には池があり、鯉が泳いでいましたが、ミーコは鯉を狙ったり、池に落ちたりしたことはありませんでした。私以外の孫たちは鯉を触ろうとして、みんな一度は池に落ちていましたけどね。



猫は、自分の死を察して自宅の外に姿を消す、と言いますが、ミーコは祖母の家の自分のベッドの中で亡くなっていました。

ミーコの晩年は、怪我で顔が変形し、鼻水が止まらず、お水も上手く飲めなくなっていましたが、水道から流れている水は飲めるようでした。

「これなら少し飲んでるみたいなのよ」と祖母は言って、流し台の蛇口からはいつも細い水が流れたままになっていました。


ミーコはキジトラでした。子猫を連れているのを見たことがなかったので、いま思えばオスだったかもしれません^^;


祖母が入院し、お見舞いに行ったとき、同じキジトラ柄の志麻を被災地から引き取った話を祖母にすると、志麻に会ってみたいといいました。

「触れない猫だから隠れて出てこないわよ」と私が残念そうに言うと、「怖いだけだよ、そのうち安心して出てくるようになるさ」と笑って言ってくれました。

その通りになりました。







志麻が心を許してくれたことは、お通夜の席で報告しました。祖母は、「ほらね」と笑っているようでした。


昭和50年代と今、猫を取り巻く環境が変わったのは都心部だけのように思います。田舎ではまだまだ不妊化せずにほったらかし。

みんにゃがミーコみたいに、飢えと寒さの心配が要らない環境で生きていけるといいのにな…と思います。



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